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ヒストリー・オブ・電力ビル

ヒストリーオブ電力ビル
第一話東北最大のマンモスビル誕生
まだ東二番丁通りの主役が自動車よりも人や自転車だった昭和35年8月4日、電力ホールとグランドホテル仙台からなる北日本では最大規模のデラックスビルとして、電力ビルが誕生しました。当時、仙台市街はビルの数も少なく、1、2階建の並ぶ国道沿いに現れた9階建ての電力ビルは、あたりを圧してひときわ高くそびえ建ち、百万都市をめざす仙台のランドマークとして一大偉観を呈するものでした。
 
写真
空から見た仙台市の中心街
中央の大きな建物が電力ビル
竣工当時の電力ビル
竣工前の電力ビル

建物は地上9階、地下2階建、総面積4万6千m2。地下1階は社員食堂と飲食店、地下2階にはビル機械室と東北電力初の地下変電所があり、地上1階は東北電力ほか各電機メーカーのショールームが並び、2階は電機メーカーの事務室と貸室、3階~6階は東北電力事務室、7階~9階の南側はホテル、北側がホールという配置でした。屋上にはマイクロ鉄塔や機械室があり、ヘリコプターの発着できるトラス型梁もありました。7階エレベーターホールの壁面には、イタリア産の豪華な赤い大理石が使われ、その中にこぶし大の見事なアンモナイトの化石があって、これを見に訪れる人も少なくなかったほどです。
事務所、ホテル、ホールを組み込んだ多目的の総合ビルの完成は、戦災復興が遅れ、大きなビルの少なかった当時の仙台においては、エポックメイキングな出来事で、地域の大きな期待を受け、その第一歩をあゆみだしました
 
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